通訳、ときどきセンセイ

英語と日本語を使ってなんとか生きてる人の日記です。

やまとことばの恐怖

いつの間にやら「ひらがな」づくしになってしまった。

市町村合併で次々と新しい町が誕生し、さて名前は?となったとき、なぜかひらがなの名前にするところが多い。これっていつからなんだろう。

「いわき市」ぐらいがその発端、なのだろうか。調べる気もないので調べてないけれど、相当数あるのではないですか。

恐らく、ひらがなにしたほうがイメージが柔らかくなる、とか親しみやすい、というところだと思うのだけど、逆にわかりにくくなる、とも思う。

ひらがなの分かり難さというのは、自分で文章を書くときに全部ひらがなで書いてみるとよくわかると思う。ひらがなは表意文字ではないので、どこで意味の区切りがくるかわからない。

しちょうそんがっぺいでつぎつぎとあたらしいまちがたんじょうし・・・という風に。ゆっくり声に出して読まないとわからない。だからやっぱり、ひらがなは子供の言葉なんだろう。まさか皆、子供になりたがってるわけでもないでしょうが。

でも「ひらがな化」とそれに順ずるやさしい言葉の多用は、仕事の関係でも益々広がっている気がする。いわく、製造ではなく「ものづくり」といい、可視化ではなく「見える化」という。

言い換えれば、やまとことばへの回帰、というところだろうか。

日本語の表現の豊かさ故だ、と言われればそうなんでしょう。でも、訳すとなると、これらの言葉はとても厄介なものとなる。

見える化=visualization、などは既に定着していて問題ないのだけれど、この種の言葉はいくらでも造りだすことが可能で、特に○○化、というのはありとあらゆる言葉につけることができる。そして、常に英語に訳すときに困難を生ずる。国際化、情報化、などというのもそう。「高齢社会」と「高齢化社会」も実は訳すと別々の言葉にする必要がある。

ある国際会議の資料準備をしていて、「にぎわい造り」という言葉に出くわした。おそらく「ものづくり」をヒントに編み出された言葉に違いないだろう。対訳には"living up" (of the area)という英語が使われていて、これが正しいのかどうかよくわからないけれども、英語をみて初めて意味がわかった次第。

普通に活気ある街造りとか、活性化(また化!)、でなぜいけないんだろう。にぎわい、という言葉がポイントなのだろうか。そうなるとbustlingという単語があるが、これは喧騒というニュアンスもあるし、難しい。ということで、完全なる翻訳というのはやはり不可能に近いのかもしれない。

この手の単語に出くわすたびに、思わず「やめれ!」と叫んでため息が出てしまうのも、職業病の一つなのかもしれない。


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耳が詰まった

ココのところ、恐らくしぶとい風邪菌が体に住み着いているようで、くしゃみが止まらず
ボーっとしていて、困ったなーと思っていたら、どうやら耳に来たらしい。

片方の耳が、ずっと水中の中にいるとき状態になっている。
すわっ。これ、やばくね?

職業生命の危機かしら?とおののいているのだが、特に痛みも高熱もないので、
ちょっと様子を見てから病院に行こうとは思っていたんだけど・・・。

しかし来週は海外での国際会議案件が控えているので、やっぱり早目に対処しなくちゃ、
と超久々のブログを書きながら心を新たにした。高い金を払って海外まで連れて行く通訳
が「耳が聞こえづらい」、ではシャレにならないよねぇ。。。

それってまるで、OSの入ってないパソコン(=ただの箱)、スピーカーのないコンポ、みたい
なもんじゃん。そう考えると、自分ってなんて役立たずなんだろうと思う(笑)

やはり体調管理も仕事のうちなのだ、うん、早速明日病院へ行こう。

が、しかし、本当によくしたもので、体調が悪くなるのは決まって仕事の暇な時期だったりする。
人間は体がなまるとダメになるようにできてるのかもしれない(元来M体質なのかもしれないけど)。

が、しかし、耳は通訳の命だ。かの故米原万里さんも、通訳者たるもの、ゆめゆめウォー○マン
などを大音量で聞くべからず、と喝破していたものだ。今でいうならi-podかな。

でもよく考えたら不思議だ。耳が聞こえにくい、というだけで本人は何も変わってないのに、
こと仕事的にはそれだけでNo Valueとなってしまう。

もちろん、それは別に自分という人間の全価値が無くなってしまうようなもんでは決してないが、
なんとなく物悲しい。これは通訳だけに限ったことではないかもしれないけど、何か一つが
欠けただけで大きなダメージを負うのは精神的によろしくない気がする。ある仕事だけに傾注して
しまうと、そういうときのダメージってかなり大きくなるかもしれない。
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Stratification

以前担当した会議で、stratumという単語がたくさんでてきたことがあった。

植物関係の会議だったため、ここでは植生の「層」を指すそうで、複数系はstrata。
そういえば「地層」のこともstrataという。

人間社会では社会的階級のことを"class"というけど、教養や教育の度合いから
分類した社会成層のことを"stratification"というらしいことを知った。想像しやすい言葉だ。

かつてあるアメリカの学者が、高級デパートと庶民スーパーの従業員の聞き取り調査を
行い、どんな言葉を使っているか調べてみたところ、前者はほぼ100%が標準米語、後者は
地元の訛り言葉を接客に使っていたという。stratificationによって言葉遣いも変わるらしい。

そういえば、日本でも百貨店に行けば、地域によらず従業員は丁寧な標準語で接客して
くるし、地元のスーパーではその土地の言葉が飛び交っていることは想像に難くない。

ところで通訳も、通訳者の出身によらずなぜか標準語で訳すのが基本である。

関西や九州の通訳者がそれぞれの方言を交えて話すのも面白そうなんだけど、どうしても
無難に、というか、アナウンサー的喋りが一応いいのだとされている。

そうは言っても、イントネーションのクセは完全にはなくならないんだけども、マジョリティに
あわせることで、どの通訳も同じような口調になってしまいがちなのは興味深い。
ちょっと面白くない気もするけれど・・・。


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脳を酷使

製薬関連の仕事の合間にシステム系の仕事をする機会があった。

情報通信系の仕事、とくにシステム系の分野は、内容云々の前に長〜い固有名詞のオンパレードとなるので、仕事が終わると妙な疲れが残ってしまう。恐らく内容を理解してそれを覚える、という通訳作業の通常の記憶処理ではなく、とにかくテレフォンメモリーのように聞いた単語をそのまま丸暗記して覚えておかなければならないため、それがたいそうな負担を脳に強いているに違いない。

C言語、システム言語などは、それ自体何か意味があるというな類のものではなく、数学の方程式みたいなものだ。なので、それがとても長い単位で次々と話されると、もう記憶保持がついていかない。こういう場合、同時通訳のほうがまだましだと思うけど(あまり覚えておく必要がないから)、残念なことに逐次。

今回の仕事は、それに加えて電話会議、しかも事前資料はほぼ皆無という条件で、かつ初めてのクライアントであったため、終わった後はもうグッタリだった。しかも、逐次で何時間もブッ通し、というのがさらに疲れを倍増させる。こんな仕事ばかりしてたら、きっと早死にしてしまうに違いない(笑)

そんな仕事の後に待っていた製薬関連の通訳。これはこれでまた大変なのだけど、いつもと違って「やりやすい」と感じることしきり。同じく疲れはするのだけれど、疲れの種類がやはり違うなぁと思ったのだった。



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招待してるわけじゃないのであり・・・

軍事関係の記者会見の通訳をしたときの話。

発言していた米軍中尉が、「thanks to the invitation by〜」という言葉を使った。話の流れ的には、お招き頂いて、という挨拶の部分だ。当然、「○○県のお招きで・・・」と訳した。全く難しくもなく、また問題もないところ。

ところが、これが後でちょっとした問題になった。

いわく当該県にとってみれば、米軍を「お招きした」のではなく、来訪を「許可した」だけであるので、こっちが招待した、という形にされるのはちょっと…と言うのである。反米派や地域住民に配慮すれば、「仕方なく許可したのだ」という風に説明できないと具合が悪いということなのだろう。

事前にそのようなことを説明してくれていれば、「招待」とか「招く」という言葉の選択を避けるよう注意を払うことができただろうが、この時はそういうブリーフィングもなかったため、普通に訳してしまったのだった。

しかし、こういう場合、他にどんな訳出が可能だっただろうか。

invitationの定義は、"a written or spoken 'request' to come to an event such as a party, a meal, or a meeting."であり、あくまでも先方のリクエストに応えるというニュアンスがある。

純粋にInvitationはすっ飛ばして、「こうして、○○県を訪れることができ、光栄です。」とでも訳すのが無難だろうが、これで上記のニュアンスはカバーされているだろうか。

それに聴衆に日本語と英語の両方を解する人が必ずいる昨今、invitationというような基本的な言葉は、通訳を介さずとも認識されてしまうのである。なので、結局のところ、通訳がそれを訳さずに配慮しても、あまり意味はなくなってしまう。逆に訳さなければ、「適当に訳した」と非難されるのがオチ。

結局のところ、スピーカーに「invitationという言葉は使わないで欲しい」と、ブリーフィングで念を押すぐらいしか、解決策はないような気がする。

政治的な話は、こうした簡単な単語が意外に問題となったりするので、専門用語が飛び交う学術的な会議よりも対応が難しい場合がある。とくに記者会見など、マスコミに載るような発話の場合は大変だ。通訳者が一番スケープゴートにされやすい種類の仕事かもしれない。


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Author:とぽぞー
会議通訳(日英)や講師など、日本語と英語の間を苦悶しつつ行き来する毎日です。スイスイ〜ッと泳げるようになる日を夢みながら・・・。

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